名所・旧跡
HOME名所・旧跡公園>万葉公園

公 園 寺・神社 旧跡・史跡
●万葉公園(独歩の湯)
●幕山公園
●ポケットパーク
●不動滝
●白雲の滝
●去来の滝
●五段の滝
●だるま滝
●天照山神社
●五所神社
●城願寺
素鵞神社
● しとどの窟
●福泉寺の首大仏
●土肥一族の墓所
●土肥城趾

●光風荘(二・二六事件)
観光ボランティア 湯河原はこんなところです

湯河原駅より奥湯河原、不動滝行きバス落合橋下車(乗車時間約12分)
うっそうと茂る樫、椎の木からこぼれる陽光、川のせせらぎ、野鳥のさえずり。
この公園は森と水の公園として人々に親しまれています。
駅より2,9km、車で9分。温泉街の中心にある万葉公園の中には、数多くの万葉植物が植栽されています。万葉時代の古代建築を模した万葉亭、万葉集の中でただ一つの出湯を詠った歌碑、国木田独歩碑等があります。また、霊験灼なる湯権現熊野神社があり、温泉の神様として地元の信仰あつい神社です。

万葉公園が“日本の歴史公園100選”に選ばれました
 このほど、“日本の歴史公園100選”に万葉公園が認定されました。万葉集の中でも唯一温泉についてうたわれた湯河原を象徴する公園で、文人墨客や多くの人々が訪れていることが認定の理由です。
 
“日本の歴史公園100選”とは
 都市公園法施行50周年記念事業として、都市公園法施行50周年等記念事業実行委員会が、優れた歴史的・文化的資源を有し、地域の活性化に貢献している歴史的公園の評価・選定するものです。その結果、全国から332件もの応募の中、万葉公園が認定されたものです。

@万葉の歌碑(佐々木信綱選)
足柄の土肥の河内に出づる湯の世にもたよらに子ろが言はなくに [万葉集143368]
この歌は、温泉のこんこんと湧き出している様を詠った者で、万葉集4,500首の中にただ一首しかないその一首が「あしかりの土肥の歌」として湯河原温泉を詠ったものです。なお、この歌碑の原文は、竹内栖鳳の筆によるものです。(原文は「町立湯河原美術館に展示されております。)
A国木田独歩の碑
湯河原の渓谷に向かった時はさながら雲深く分け入る思があった[吉江狐雁(喬松)撰小杉放庵書]
詩人西条八十から湯河原に碑を建立することを提唱され、当時の温泉振興会(中西旅館主人)が中心となり、昭和11年初夏に建立したものです。
B養生園(ようじょうえん)の碑(東郷平八郎選)
日露戦争後、湯河原が戦傷病者の保護養地として指定された際、公園の一角にあった大倉一族の別荘が「養生園」として開放されました。この「養生園」で静養した東郷平八郎伯爵がこの自然をたいへん喜び、大倉一族への感謝の意を表し、文に綴ったものです。
大正元年10月、東京高千穂学校の川田鐵彌校長と教官が建立しました。
C梅門(うめのかど)の碑
声かけてほしい椿の蒼蕾 [金尾梅門]
作者は湯河原温泉をこよなく愛し、湯河原温泉の椿まつりには毎年来ていたといわれ、この句もその時に作ったものです。
D太子堂(山本有三選)
昭和35年、建築組合員一堂が聖徳太子の偉業を敬慕して建立しました。堂は奈良法隆寺の夢殿を模したものです。
E熊野神社と湯かけまつり
紀伊からの勧請といわれているが、時代は不明です。
湯の守護神、健康の守護神として別称「湯権現」と呼ばれています。
5月の第4土・日曜日には「熊野神社例大祭」が「湯かけまつり」とあわせて開催されます。
F狸福神社
傷ついた老狸が湯河原温泉で完治したといわれています。
その老狸は、この湯河原温泉に感謝する為に、近隣の人々に伝えたことによって有名になりました。 
終戦後、心ある人々がここを狸福神社としてまつりました
Gほたるの宴・花菖蒲展
毎年6月上旬〜中旬に「花木園」において、飛び交うゲンジボタルを鑑賞できる「ほたるの宴」が開催されます(午後7時30分〜午後9時)。
この期間、観光会館1階多目的広場では、「花菖蒲展」も開催されます。
観光会館前広場には、夜店も出店されます。
H観光朝市
毎週日曜日の早朝6時ごろから午前9時頃まで観光会館前広場で開催される「観光朝市」は、湯河原ならではの海・山の幸や珍しいお土産も並びます。
I万葉亭
「万葉亭」では、1服400円(お菓子付)で抹茶を楽しむことができます。
営業時間:午前10時〜午後3時まで
定休日:月・水(祝日にあたる場合はその翌日)・臨時休業あり
J足湯施設「独歩の湯」
湯河原の地は地理風水に絶好の地であり、太陽のエネルギーが感じられます。
弘法大師が洗った「洗足」という行為に注目し、湯河原風水の地「独歩の湯」が平成13年1月誕生しました。
大人300円。小人200円。