湯河原の歴史と文学

夏目漱石(1867〜1916)

湯河原と文学

夏目漱石(1867〜1916)画像

夏目漱石は2回湯河原を訪れ「天野屋」(現在は廃業)に逗留しています。

1回目は大正4年11月9日から同月16日ころまで。この頃漱石はリュウマチで腕に痛みを感じており、その静養と、翌5年1月1日から朝日新聞に連載された「點頭録」の原稿執筆を目的としたものと考えられます。

2回目は大正5年1月27日から2月16日までの約20日間。やはりリュウマチの療養のために訪れたものです。

漱石は数々の作品を残していますが「明暗」では主人公の津田由雄が湯河原を訪れる場面が出てきます。
「明暗」は大正5年5月26日から、同12月14日まで、188回にわたって朝日新聞に連載されましたが、天野屋で主人公が昔の恋人と再会する場面を最後に、漱石の死によって未完中断されました。
第2回めの湯河原行きは、漱石にとって最後の旅となりました。

逗留した天野屋に残されている漱石の書いた漢詩に「山是山 水是水」とあります。
これは漱石の作詩ではなく、江戸時代の東野英朝の撰になる「仏教詩句集」の中の一句であり、「山は是(これ)山なり 水は是(これ)水なり」と読みます。

意味は山はこれまさしく山である、つまり、山には山の個性があり、同様に水には水の個性があり、その2つの個性がうまく調和し、自然を形成しているという意味であり、それがこの湯河原の渓谷美であると、漱石はいったのではないでしょうか。

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