湯河原の歴史と文学

二見加賀之助重行による発見説

湯河原温泉発見物語

二見加賀之助重行による発見説画像

白鳳(はくおう)2年といえば、奈良に都があって、奈良朝文化が、最も栄えた時代の事である。

加賀の国(現・石川県)、坪村の住人“二見加賀之助重行”は、名族の血統を持つ武人であったが、文化の改新による新しい政治の圧迫を逃れて山伏となり、同国の白山神社の神威を諸国に広める為、数人の仲間とともに東国さして旅に出た。

彼らは山に伏し、谷をわたり、歳月を経て、湯河原にたどり着いた。

ところが、海は青く、山は清浄、その上、北陸の雪の中に生きてきた彼らにとって、この地方の気候が温暖である事は、彼らをしてこの地にわらじの紐を解かしめた。
早速、一行は北にそびえる山頂に、白山の神霊を祀り、ここを“白山(しろやま)”とよんで信仰の中心にし、また、修行のかたわら、山を崩して畑をつくり、野を開いて田とし、自給自足の生活をはじめた。

今も、一行の子孫はこの地に繁栄している。

湯河原温泉はこれら一行がこの地方を開拓している時、たまたま渓谷から湯が湧いているのを発見したものであると言い伝えられている。

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