湯河原の歴史と文学

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湯河原温泉発見物語

二見加賀之助重行による発見説

白鳳(はくおう)2年といえば、奈良に都があって、奈良朝文化が、最も栄えた時代の事である。  加賀の国(現・石川県)、坪村の住人“二見加賀之助重行”は、名族の血統を持つ武人であったが、文化の改新による新しい政治の圧迫を逃れて山伏となり、同国の白山神社の神威を諸国に広める為、数人の仲間とともに東国さして...

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湯河原温泉発見物語

弘法大師発見説

「田子の浦にうちいで見れば白妙の富士の高嶺に雪はふりつつ」と、万葉歌人を詠わした日本の霊峰、富士山は幾度もなく噴火をおこしたが、延暦19年の4月、72ヵ所から火を噴いて、焼けた溶岩が火の泥のように流れ出し、周囲二十里四方は全て焼け埋まった。  更に、2年後の延暦21年5月にまた大爆発をおこし、それに...

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湯河原温泉発見物語

薬師の湯由来説

湯河原温泉は昔“薬師の湯”ともいわれた。 この湯の由来は次の通りである。  奈良薬師寺の僧、行基(ぎょうき)は、後に大僧正の位にのぼり、その高徳、知識は菩薩(ぼさつ)として世の人々にあがめられた。  時に、聖武天皇天平5年12月、近江の国(現・滋賀県)紫香楽(しがらき)に、はじめて大仏を鋳像すること...

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湯河原温泉発見物語

役行者による伝説

大和の国・葛城村の役行者(えんのぎょうじゃ)“役小角(えんのおづの)”は、あまりに不思議な言行をするので、その頃の宗教界を刺激し、ついに勅命によって、文武天皇庚子4年、伊豆の国・大島に罪人として遠流しになった。  しかし、ここでも少しも変わることなく彼の神通力は続けられ、ある時などは大島と富士山の間...

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湯河原温泉発見物語

恩をかえしたたぬき

むかしむかし、或る頃、湯河原の渓谷を囲む箱根連山の向こう側、駿河の国(静岡県)の三島宿の奥山で年老いた一匹のたぬきが平穏な毎日を過ごしていたが、或る冬の暖かい日、時ならぬ暖冬の日差しに浮かれ、昼間というのについうかうかと近所の山に好きなえさを探しに出かけた。  すると不意に心ない猟師の弓矢が飛んでき...

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湯河原のマスコット「ぬっくん・のんちゃん」もこんな由来から誕生したのです。

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旅先案内人コンシェルジュ 虎の巻

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